第13回 鮎釣り番外編

 

鮎をだまして釣る

 2004年9月末に今年の鮎釣りは終わり納竿していたはずが、「まだまだ鮎が若いぞ」という声に引き寄せられて遂に撒き餌で鮎を釣る事になってしまいました。
通常10月の半ばまで高津川で過ごしていたのですが、今年の相次ぐ台風により、9月の尺鮎会で鹿児島県まで下って鮎を釣ったのが本格的に釣った最後だったと思う。
何か、今年は、吹っ切れない気持ちのまま終わってしまったようで、むなしく感じたのは私だけではないのではなかろうか。

 11月の飛び石連休平日の月曜日を社長の権限で休みにし連休としました。の盛りの京都に着いたのが朝10時頃、舞妓姿の娘と祇園の町を歩いて写真撮影、親子で旦那と舞妓のカットも撮ったが、地方から来られた観光客のカメラを撮る方の多かったこと、「偽者ですみませんでした」


 多くの観光客をだました後、また鮎をだましに和歌山の熊野川支流まで足を運びました。
 朝3時前にホテルに迎えに来られたT氏の車に乗り一路熊野地へ・・・
 途中、奈良の吉野川超えでは、満天の星空に感動を覚えました。前を走る大型トラックの運転の上手い事、よほどこの道に慣れているのでしょう。
時間が6時頃になると助手席に座りながら、ついウトウトと眠気が襲ってくる。前夜T氏の奥様手造りの鯖寿司、鮎のてんぷらも沢山頂きました。手造りの鯖寿司は、本当に美味しいんです。と思い出しているとお腹が空いてきた。
そう思った頃、熊野川の支流に現着。朝の7時30分、もう明るくなっていました。

 急いで着替えましたが、格好は、まるで磯釣りです。救命胴衣の変わりに釣りベストを着ただけの格好です。
竿は、メバルの6.3の延竿と鮎の引き舟、それと撒き餌用素材と、まぜる為の洗面器が入ったバッカンを持って急いで梯子を降り、先週まで50匹は釣れていたポイントに行きました。

 もはや有名ポイントになっているのか、地元の老釣師が対岸に陣取って竿を振っていました。竿は同じ長さですが、やや硬調の調子の竿で、ピンポン玉より大き目のウキを使い下にサビキ仕掛、尻に大きな網カゴを付け、カゴに撒き餌を詰めてやや上流に向かって投げていました。


 少し見学した後、仕掛作りを始めました。T氏考案のウキ、撒き餌カゴと市販のサビキ仕掛1号をセットし、撒き餌作りに入りました。
 撒き餌はグレ釣りで慣れています。行くと決まった頃からイリコやシラスと釣り用のパン粉を買って粉にして用意していました。イリコは、撒き餌用、シラスは、食わせ用と準備していたのですが、ダンゴを撒くと川が汚れるのでやめようということになり、急遽配合をしなおしました。グレ釣りでは、ダンゴ釣りから入っていますので、色々な予備知識が有るので、簡単に撒き餌は出来上がりました。
 私なりの配合分量です参考にしてもっと改良するとまだまだ発展できます。
主剤はパン粉です。パン粉3杯、イリコの粉2杯、シラスの粉1.5杯、つなぎに寒梅粉少々、パンプキンの粉少々、カツオの粉少々と水少々です。練り加減は、掴むと団子になるくらいの柔らかさです。余り硬くすると撒き餌カゴから出ません。

 釣り方は、瀬尻の岸に立ち、上流にカゴ、サビキ仕掛、ウキとなるように静かに投げ込み、ウキの流れを見ながら棚を調整します。カゴが底石にコロコロと当たりながら流れる程度に調整します。ウキが止まると根がかりです。急いで竿を上流に戻し外します。また、流しているポイントを決めて同じように流れを作らないと、撒き餌効果が薄れ、数釣りができません。
 鮎が掛かるタイミングは、白い腹を返して逃げようとするので分かります。竿を上流に振り鮎の動きを止めます。後は、ゆっくりと竿を縮め竿を立てて引き寄せます。引き抜くと仕掛けが絡んで手返しが遅くなります。水の中で鮎を掴みハリを外して引き舟に入れ、掴んだ手を嗅ぐとしっかりとスイカの香りがありました。


 この釣り方は、現代のハエ釣りを改良すればとんでもなく釣れると思いますが、やめときましょう。友釣りが出来る頃になると鮎がいなくなります。
しかし、スキンサビキで末期の鮎が釣れるとは摩訶不思議な世界が南紀には存在するのです。
午前中で13匹釣れてやや数が出なかったが急に冷え込み鮎の体調も変わったのでしょう。
午後から上流に行き美味しい手打ち蕎麦を頂きました。
 縁側から望む景色のおだやかな事、美味しい空気、美味しい水は、美味しい鮎を育てます。橋の上から見た川には、まだまだ沢山の若い鮎がいました。来年の2月には、今年生まれた稚鮎が上ってきます。その頃は親子対面があるのでしょうか。

 日本は、広い、色々と面白い世界があります。違う世界を探求してみるのも良い経験になりました。

H16-12-1 鮎迷人